「2023/09/19 多忙さの中では真の癒しや解放は難しい」でも書いたように、次元を超えていこうとするなら、物理的な多忙さの中では成しえないと内なる神は言います。
多忙さの中で自らが選んでいることは物理的な世界における充実に過ぎません…
次元を超えようと思うのなら、休息や余裕といったいわゆる「空白」が必要です。
これを基本的に物理的な状況で創り出すのか、または人間の本質が兼ね備える創造性を発揮して創り出すのか…後者は内なる神とつながってこそ成しえる在り方ですが、いずれにせよ、何も入り込む隙間がなければ基本的に今までのままです。
大きな変化は期待できない、ということです。
ひと昔前の時代では目覚めには山にこもるなどの修行が必要だという思い込みもありましたが、この物理次元というのは本当に一番の「修行場」とも言えるかもしれません…
例えば物理次元で起こることに内面が振り回されたり、動揺したり、または立て続けに望まない出来事が起こりその源泉を辿らないままにしているなら、または困る状態が継続しているなら意識は眠ったままです。
物理次元には興味をひくものがたくさん存在しています。
それが何であれ、それらに内面が完全に取り込まれるようになれば、物理次元中心の在り方です。
「修行場」という例えを使ったのは、この物理世界には苦しいことがたくさんある…ということをさしているのではありません…
それくらい「物理世界へのとらわれ」を振り払うのは、通常自力では大変困難であり、物理次元中心から上昇するのには集中とエネルギーが必要だという意味です。